パラグライダー

NOVA

GIN

 


susi

SUSI

みんなを誘ってパラグライダーを体験しよう。
SUSIは、もっともっと多くの方々に空を楽しんでもらうために開発されたスーパーシンプルグライダーです。

PRION3

PRION 3

トレーニングヒルからクラウドベースまで。そしてFAIトライアングルへの挑戦も可能なパフォーマンスを秘めたオールラウンドウイングです。

ION3

ION 4

300qFAIトライアングルを達成。
LTF/EN B の安全性とパフォーマンスをすべてのパイロットに。

IBEX3

IBEX3

驚愕のパフォーマンスを超軽量グライダーに。

MENTOR5

MENTOR 5

クロスカントリーウイングのベンチマーク。

         
MENTOR4light

MENTOR 4
light

軽いというアドバンテージを生かした、軽快な飛行を楽しめます。

BION

TRITON2 LIGHT

3.4kgの重さを持つXSサイズは、EN/CCCクラスを取得し2015 X-Alps Athlete のために作られました。

PHANTOM

PHANTOM

イージーBで99セル!!我々もハイパフォーマンスを味わえます。

BION2

BION2

軽くイージーなテイクオフは、ハイクアンドフライにも最適。

 

NOVA PRAGLIDER LINE UP SUSI PRION 3
IBEX3
ION 3
MENTOR 4 light MENTOR 5 TRITON2PHANTOM BION2NOVA PRAGLIDER LINE UP

 

 

 

NOVAの企業理念

NOVAはそのパイロットに対する誠実で責任のある姿勢、そして世界中に広がる効率的な販売・サポートのネットワークにより広くその名を知られています。

NOVAは最先端のパラグライダーの開発、そしてその他全ての関連事業に熱意を持って取り組んでいます。我々のたゆまぬ努力から生まれた極上のパラグライダーは、全てのクラスにおいて最も優れたパラグライダーなのです。

NOVAが追い求めているのはパラグライダーの設計や開発だけではありません。我々はパラグライダーの製造にも責任を持ちたいと考えています。そのためNOVAグライダーの製造はハンガリーのペーチュにあるNOVA工場で行われています。全行程における徹底した品質管理など、この工場においての製造は我々にとって非常に重要な要素を持ち合わせています。

またこのハンガリー工場で働く約100人の労働者達には適切な労働環境が保証されています。良い労働環境は高品質な製品を生み出し、それがお客様の利益につながると我々は信じているからです。

 

 

開発と製造の密接な協力関係

2001年に建てられて以来ピーター・マックが運営してきたNOVAのハンガリー工場は、その優れた「フロー・シミュレーション」システムにより、 NOVAグライダーの開発に寄与してきました。

プロト機の制作において、開発担当チームと製造担当チームの間で活発な情報交換が行われることにより、もしプロト機に何か問題があっても製造の段階で発見されます。そのためグライダー開発の効率が非常に高くなっているのです。

また、ハンガリー工場で広範囲に行われている素材の強度試験もNOVAの成功に大きく貢献しています。特別に設計された試験器具を利用し、様々な生地やラインの劣化状況を再現し、NOVAウイングのためのベストな素材を厳選しています。NOVAグライダーの高い耐久性は、これらの強度試験の有効性を証明しています。

 

 

製造における品質管理

2002年、ピーター・マックはハンガリー工場のより良い生産性と品質の向上に取り組みました。これにより製造の全工程において数多くの統一化された試験が行われるようになりました。更に完成したグライダーはNOVAの高い基準を満たすため、コンピューターを使った徹底した試験を受けています。

 

 

NOVAのサクセスストーリー

NOVAの歴史はまさに「予期せぬ成功」です。会社の創立当初は、地元で年間100〜200機の販売を予測していました。今日では120名の従業員を抱えるNOVAは35カ国に渡る国際的な販売ネットワークにより、この当初の予想の20倍の数のグライダーを販売しています。その革新的な製品と精巧なデザイン・コンセプトによりトップブランドとなったNOVAは、パラグライダー・スポーツの振興にも多大な貢献をしています。

 

 

 

1989年 スタートの年

NOVAはCXCというグライダーでパラグライダーの世界にその果敢な第一歩を踏み出しました。ハネス・パペッシュが設計し、彼の小さなアパートで手縫いで作った最初のプロト機は、地元のトレーニングヒルでテスト飛行を行いました。CXCはDHV2−3のハイパフォーマンス・グライダーです。

当時NOVAは自社の縫製工場や作業場を持っていませんでした。ウオルグガング・レシュナーの家を仮の事務所とし、また彼の家の地下室を倉庫代わりに使用していました。ハネスはインスブルック大学のコンピューターである程度まで型紙を作成し、その後手作業でその型紙を完成させました。この年、最初の世界選手権がオーストリアのKossenで開催され、世界のベストパイロット達が一同に顔を合わせました。

 

 

 

1990年 最初の成功

CXCの後に誕生したTRENDは、苦難の開発工程を経た後、最高のDHV認証を受けました。TRENDのパフォーマンスが余りにも素晴らしかったため、ハネスは同じプロファイルを使ってPHANTOMの最初のプロト機を設計しました。当時のNOVAのテストパイロットはトニー・ベンダー、ミッヒ・ハンゲ、ウオルフガング・レシュナーです。

 

 

 

1991年 PHANTOMの年

1991年の春、ハイパフォーマンス・グライダーのPHANTOMが熱狂の渦を巻き起こしました。従来このタイプのグライダーでPHANTOMのようにトップセイルがスムーズで洗練された形状の翼はありませんでした。PHANTOMは見た目が美しいだけではありません。PHANTOMのお陰でNOVAは競技会で重要な地位を占めるようになり、売上も驚くほど伸びました。ウルス・ハリーは200kmの距離飛行を達成し、世界記録を樹立しました。また、 NOVAは日本でも確固たる地位を確立するようになりました。

 

 

 

1992年 初めてのハードル

PHANTOMの成功に続くようにと作られたPHONIXは、PHANTOMと同じ形状とプロファイルが使われましたがセルの数を減らし、DHVクラス2を取得しました。出だしは良かったのですが、設計上にいくつかの問題がありました。そのため再設計されたモデルのPHONIX Uを完成させ、やっとお客様たちを満足させることが出来ました。

 

 

 

1993年 改良

最終的にPHONIXは名声を確立し、その後PHONIX 100が新しいプロファイルとトリム、そして楽しい新デザインで誕生し、インターミディエット・クラスのリーダーとなりました。

次いで、SPHINXの誕生で、これまでNOVAがハイパフォーマンス・グライダーの開発に注いできた全ての努力が報われました。SPHINXのお陰で NOVAはコンペ機やハイパフォーマンス・グライダーの分野でもトップメーカーとしての地位を確立するようになりました。

この年マイク・クングがNOVAのテストチームとして加わりました。またウオルター・ホルツミュラーはNOVAの最初のダイアゴナル・リブ・プロト機で参加したGstaadでのワールドカップで優勝し、その後同機でVerbierでのPWCにも参加しました。

 

 

 

1994年 確実な上昇

PHOCUSの制作を通し、NOVAチームはインターミディエット・クラス・グライダーの分野でのコンパクト・デザインの可能性を見出しました。当時は、幅の広いセル・シンプな構造・少ないライン、そしてより良いパフォーマンスを持ったグライダーがまだ存在しなかったのです。

その後NOVAの開発チームはPHILOUとXENONの制作に取り掛かりました。この年ジミー・パーチャーがヨーロッパ選手権でチャンピオンとなり、更にワールドカップも総合優勝を果たしました。NOVAはPWCにおいて「メーカー賞」を受賞し、またスロベニアでのヨーロッパ選手権において上位9名のうち4名はNOVAのパイロットという輝かしい成績を残しました。

 

 

 

1995年 飛躍

2月に日本で開催された世界選手権までには新しいグライダーを試す時間がほとんどありませんでしたが、残りのシーズンにおいてはNOVAのコンペチーム・メンバーの全員が実力を発揮することができました。XENONのパイロットはPWCにおいて他のグライダーに比べ約2倍のポイントを獲得しました。 AFNOR認証を受けたコンペ機、XENONはそのトップスピードの高さとセンセーショナルなパフォーマンスにより、この年ののベスト・グライダーとなりました。XENONのようにパラグライダー界を制覇するグライダーはもう現れないでしょう。

夏に発表されDHV1の認証を受けたPHILOUは瞬く間に人気を博し、安全・安定の新しい基準となり、その後もロングセラーとなりました。秋には XYON(DHV2-3)もラインアップに加わり、またユーゲン・クラウスがテストチームのメンバーに加わりました。

 

 

 

1996年 XYONの年

XYONはこのシーズンのスターでした。XYONは冬に行われたファースト・フライトでその可能性を顕示しました。兄貴分のXENON同様、ダイアゴナル・リブ構造を持つXYONのパワーは他の競合達の脅威となりました。XYON程急速に売上を伸ばし、また短期間にハイパフォーマンス・クラスの市場で世界的な地位を確立したグライダーは近年見られません。XYONの完璧な反応とダイレクトなハンドリングは、今日までパイロット達に賞賛され続けています。

秋には開発に長い間時間をかけたAXON(DHV2)がやっと完成しました。NOVAのコンペチームはこの年も多くの大会を制し、また「メーカー賞」も受賞しました。1996年はまさにXYONの年でした。

 

 

 

1997年 インターミディエット・クラスに力を注ぐ

NOVAはハイパフォーマンスで安全性も高いインターミディエット・グライダー、AXONの作成に成功しました。これによりハイパフォーマンスの XYON、インターミディエットのAXONそして初心者向けのPHILOUとNOVAの強力なラインアップが揃い、売上は前年より更に向上しました。この頃NOVAの開発チームは既にXYONの後継機と新しいDHV1-2グライダーの開発に取り組んでいました。

最初に製造されたX-PERTでスペインでの世界選手権に参加したウオルター・ホルツミュラーは、最初のうちは驚くほどのリードをキープしていましたが、最後のレースで惜しくもスリップバックしてしまい、全体で5位に終わりました。しかし多くの人たちにとって、彼こそが真の優勝者だったのです。

 

 

 

1998年 初心に帰る

この年の春NOVAが全てのクラスのパイロットを対象に行った調査によると、パイロット達が最も強く望むのは「トラブルの無いフライト」でした。この調査結果を反映して制作されたのがX-ACTです。この年の新たなサクセス・ストーリーとなったオールラウンド・グライダー、X-ACTは質の高いハンドリングと安定性を持ち、特に低速度でのフライトでその良さを実感することができます。またVERTEXも安定したハイパフォーマンス・グライダー(DHV2−3)としてその地位を確立しました。

ピーター・ルチがX-PERTでプレ・ヨーロッパ選手権とワールドカップを制覇し、NOVAのコンペチームも非常に優秀な成績を収めました。一方マイク・クングがNOVAを離れてドイツ・ハングライダー協会のテストパイロットの一員となり、またマリオ・エダーとクラウディア・ハスラーが新たにNOVA チームに加わりました。

同年、ハネスは合計で50以上ものプロト機をデザインしました。特別に作られたコンピューター・プログラムと専門的なシミュレーション技術を利用し、複数のデザイン・パラメータの算出、プロファイルの最適化、そしてセイルの型紙の自動作成が行われるようになりました。またカッティングのデータはインターネットを通じてハンガリーの南にある工場のコンピューターへと送られました。作業場では特別チームが型紙を生地に移す作業を行い、プロトグライダーは一週間以内で完成しました。

 

 

 

1999年 ビッグ・アニバーサリー

この年NOVAは10周年を迎えました!オーストリア・ブランベルグで開催された世界選手権ではNOVAがメイン・スポンサーとなりました。この大会中、 10周年記念パーティーが盛大に催され、NOVAのチーム・メンバーが古いメンバーも含めて一同に参加しました。

この時期開発チームはX-RAY制作の最終段階にありました。X-RAYは卓越した安定性と驚く程のハイパフォーマンスを持ったDHV2グライダーです。 DHV1クラスのPHELIXは安全なグライダーでも高速飛行が可能であることを証明しました。コンペ機のKRYPTONはブランベルグで行われた世界選手権においてクリスチャン・ハインリッヒを優勝へと導きましたが、2週間の雨という悪天候のため、正式なタイトルを得ることはできませんでした。田中美由喜は新世代の翼、X78−20という非常におもしろいグライダーで飛びました。このX78-20グライダーはその後のハイパフォーマンス・グライダーの基本となりました。

世界選手権が開催されているランディング・エリア上空でリードしているガグルがファイナル・アプローチに入るのを待っている子供達。初めて見るパラグライダー競技会。この初めての感動が次世代のパラグライダー・デザイナー誕生に繋がるかもしれません。マリオが非常に有能で真面目なテストパイロットであることを証明した年でもあります。

 

 

 

2000年 ミレニアム

前シーズン中上手くいかなかったARGONの開発が冬の間に終わり、ラッキーなニュー・ミレニアムを迎えることが出来ました。従来のNOVAのハイパフォーマンス・グライダーの特徴を引き継いだARGONは、優れたパフォーマンスと非常に速いスピードを持ちながらもとても安全なグライダーです。 ARGONCは全てのクラスを通して始めて被膜無しのケブラー・ラインでDHV認証を受けたグライダーです。ARGON Cは長い間同じクラスのグライダーのパフォーマンスの基準となりました。

シーズンも終わりに近い頃、我々はコンペ機から手を引くことにしました。新しいDHV1-2機開発プロジェクトに力を注いでいたため、コンペ機の開発に費やす時間がなかったからです。振り返ってみると、コンペに参加した頃はとても楽しかったです。とはいえ、またいつかNOVAはコンペの世界に戻ってくるかもしれません…

 

 

 

2001年 CARBONの年

タイミング良く発表された新しいDHV1-2グライダー、CARBONはDHV1-2クラスに高いパフォーマンス・データとフィーリングを導入しました。高い反響を呼んだCARBONのオーダーが殺到し、注文リストに書ききれない程でした。生地の配送が遅れたこともあり、工場の生産が注文に追いつかなかったのが残念でした。

ハンガリーのピーター・マックから連絡が入り、彼の持つグライダー制作に関するアイディアを我々と分かち合いたいという話になりました。結局彼は新しいプロダクション・マネージャー兼デザイン・アシスタントとしてNOVAの一員となりました。

NOVAのテスト・チームは新しいクラス1グライダーの開発に取り組みました。

 

 

 

2002年 新たな取り組み

2000年に生地メーカーから仕入れた品物の中に質の悪いものがあったことが判明しました。NOVAは生産前に全ての生地をテストしますが、今回の欠陥を発見することができませんでした。NOVAの「誠実」というモットーと、保証制度に基づき、1440機のCARBONに対して正式な「警告」を発表し、最終的に65機を交換しました。

PHERONとPHORUSがDHV1グライダーとして発表されました。この2機は兄弟同士で、PHORUSはスクール用グライダー、PHERONはスクール終了後の最初のグライダーです。両機ともそのパフォーマンスの可能性と安全性の高さで皆を魅了しました。

NOVAの生産性と品質の向上を図るため、ピーター・マックが工場の組織改革を行いました。開発チームはDHV1クラスのグライダーのノウハウをハイパフォーマンスのグライダーへ適用しようと努力を重ね、最後にやっとARTAX, AERON, RADONの3機が認証を受けることができました。タンデム機のPHOR2、そしてPHOERONのモーターバージョンROTORも完成しました。



 

 

 

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